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■パラオ共和国 基本情報

国名:パラオ共和国(Republic of Palau)

首都:マルキョク州(06年10月1日コロール州より遷都)

位置:兵庫県のほぼ真下 3200キロ

面積:489平方キロ(屋久島とほぼ同面積)東京都 23区 621平方キロ200以上の島からなり在住は 9島のみ

時差:日本と時差なし

人口:19907人(05年国勢調査)(フィリピン・中国・米国・日本人など約 6000人)

民族:ミクロネシア系とても親日

言語:パラオ語・英語

宗教:キリスト教

通貨:US$(米ドル)

電圧:110ボルト(日本と同じ)長時間利用は要変圧器

気候:海洋熱帯気候1年平均 28℃

 
■パラオの歴史

1783年イギリス軍「アンテロープ号」がアラカベサン沖に座礁そこから西洋との交流がはじまる。
1885年スペインの植民地となり 1899年ドイツに売却。
1914年に第一次世界大戦が始まり日本はパラオを含むドイツ領ミクロネシア(南洋群島)を占領。
1920年から日本の統治は始まり 1922年南洋庁の設置(コロール)、日本の教育が行われる。パラオ人に日本語の教育や文化をはじめ産業などを提供。
1945年第二次世界大戦終了後まで 31年間日本の当委任統治領として自治してきた。悲しい歴史だが第二次世界大戦では日本軍と米軍との激しい戦いでペリリュー島1万人・アンガウル島1千八百人で米軍と戦い日本軍は島民を全員避難させ激戦に臨んだが最後はほぼ全員が玉砕(戦死)した。ペリリュー島西側の真っ青なビーチが血でオレンジ色に染まり今でも「オレンジビーチ」と呼ばれている。第二次世界大戦が終了後、国連太平洋信託統治領としてアメリカの統治が始まり、1981年パラオ憲法が発布され自治政府が発足。
1993年には第 4代大統領クニオ/ナカムラが就任(父:三重県伊勢出身)
1994年 10月 1日パラオ共和国として独立。同年 12月に国連に加盟。パラオの空港がある島「バベルダオブ島」と町がある「コロール」間を渡す橋(KBブリッジ)が 1996年崩壊し、日本政府がODAで仮橋を設置。鹿島建設が 5年の歳月をかけて橋は完成。
2002年 1月 11日に開通式典が行われ正式名称「ジャパン・パラオフレンドシップブリッジ」とされました。
1999年には台湾とも国交を結び、現在、日本・台湾・韓国を中心に観光客が多く訪れる南の島の楽園に位置づけられている。

 
■パラオ国旗の由来
パラオの国旗はどこかで見たような色違い?と思われた方は多いのではないでしょうか。
1974年に一般公募で国旗を選出し最終的に今の国旗に決まりました。
その背景には日本人にとても驚かされる事柄があります。下地の青は広大な南太平洋、黄色の丸はパラオの人々にとって重要な役割をもつ満月を表し戦前は日本の統治領下にあって対日感情が良好であったため、日章旗の太陽と対になって友好を示す満月(太陽に照らされて輝く)がデザインされています。そして1つ気になるのがパラオ国旗の満月が中心ではありません。彼らは日の丸に敬意を表し中心をわざと左にずらしたとの考え方もあり、パラオの人々の慎み深い心を表しています。
パラオ共和国の国旗

 
■リンク
パラオダイビング協議会ページ  
 
 
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